はんぶんくらいとうめいなまいにち

もうすこしだけ、わかりやすく、

ぬるいめまい

明るいじかんには読みかけの本を持ち込むのが好きだし、遅いじかんには電話を掛けるのが好き。どちらもきちんと終わりがくるので安心。それから日記を書くまでがひとつの儀式みたいなもの。クレンジングをたっぷりと含ませたコットンで目元を撫でながらふと思う。めまいはプラネタリウム。見ようとしなければなにも見えないね。ぬるいバスタブのなかで、わたしはもうすぐ26歳になる。

はだしだからつめたい

もうダメだと思うときは目をぎゅっとつむって私が死んだあとのことを考える。火葬場でめらめらと焚かれるときはきっと真冬の温泉みたいに心地よいはずでわたしは真っ白の湯気みたいにゆらゆらと空のなかを踊るのだ。エンゼルケアでネイルもお願いできるのだろうか。親しくしているひとの泣き顔が浮かぶからそっと目をあけて、あしたは生きていようとおもう。生まれ変わったら角砂糖になりたい。

ミルフィーユの美学

わたしをわかってあげられるのはわたしだけだよ。と、ひとりでに。さみしいね。さみしいよ。さみしくないはすがない。いつも孤独はそばにいる。わたしが思いださないようにしているだけで良いときも悪いときもぽわっと浮かんでいる。いっそ泣くための理由があったなら。あるものを数えるのにも慣れてきて、規則的な安心を手に入れた。これがわたしの感性でしたか。

アンダーカレント

アンダーカレント。やさしさと呼ばれるものに近づいては遠ざかって。静かに生きることを肯定された気がする。決められた枠のなかで、波紋が広がって、大丈夫だよこぼれないからね。口紅も塗らないままで、頼りない体温のままで、歩きつづけよう。結末は誰にも語れないから、物語は流れつづける。ただ、あなたが頷いてくれるだけでよかったの。

あるゆえのにあうおんなのこ

会いたいの四文字をためらわない。子犬のくしゃみとしっぽを愛でる会。水曜日の真夜中はストレスに包囲されている。あんしんとぜつぼう。重い前髪をザクザク切った。視界が良すぎるので眼鏡を外す。目標も、評価も、わたしも、ぼやけてるくらいがちょうどいい。通勤定期6ヶ月分の約束。化学調味料の本当らしさを煮詰めるみたいな夢。ぼくらはきっと大丈夫。だから、そんなに叱らないでよ。

真夜中のサンクチュアリにて

図書館が好きだ。めくる紙の手触りも、ほこりっぽい匂いも、訪れる人々の気配も、どこからか流れてくるオルゴールも。だからこそ、わたしのとなりで叱られている子どもを見ていると息が詰まった。目を合わせるのが恐ろしいことばかりだ、と泣いているのはもったいない。わたしはいつかノートルダムの鐘に出てくる教会みたいに、祈りの墓場になりたいとおもう。

悪意のない自己愛の美学

会いたいと言わない夜がすきだ。寝転がって漫画を読んだり、鼻歌を歌ったり、気まぐれに手紙を書いたりして、その隙間を無理に埋めようともせず、次の約束を想像してゆるゆると情けない表情を隠すでもない。そんな時間を愛おしく思えるほどに、誰かを信じられるようになった自分がうれしかった。まつげはいつだって上を向いていて。ようやくここまで来れたね、と、抱きしめてあげる。扇風機のまわる音だけが響く部屋のすみっこで。